春雨☆サラダ

50歳 2児の父‼️ 好きなものはハードロック、JAZZ、ゴルフ、カメラ、ラグビー、バーボン、芋焼酎、中村あゆみ、高崎晃、ランディローズ、前田日明、田村潔司… 愛読書は北方謙三… 一番大切なものは、晩酌と子供たちとの時間!

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「10年で変わったこと・変わらなかったこと」

 

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

 

10年前

 10年前と言えば、凄く昔の様に感じる。

 

 当時は、まだ40歳になったばかり。

 

 父が難病だとわかり、また、祖母が認知症の症候を見せ始めたころ。

 

 私とともに看病にあたる母は元気いっぱい。

 

 長男は、身体が弱くて11年間におよぶ病院通いの最中で、毎日の服薬により体調をコントロール

 

 それでも庭で一緒にサッカーしたり、週末になると、公園や動物園に出掛けていた。

 

 長女もまだ小さく、何かにつけて「パパ、パパ」って駆け寄ってくれて、会社に行く前は必ず毎日ハグしてくれた。

 

 何よりも、一緒にお風呂に入ってくれていたし、川の字になって一緒に寝ていた。

 

そして今…

 

 父と祖母は闘病の末、他界し、母はパーキンソン病と闘うことに。

 

 長男も大学生となり、一緒に遊ぶことや出掛けることは無くなり、交わす言葉も少なくなり…

 

 長女も、思春期なのかパパを何かと毛嫌いする…

 

 一緒に出掛けてくれるのは、何か買い物に行く時だけ…

 

そんな中でもたくさんの幸せはあった!

 

 母の闘病生活を、私が見ることとなり、最初はイライラすることも多かったが、この歳になって母と一緒に過ごす時間が増えて…

 

 不謹慎かも知れないが、母の闘病のお陰で、本当の親孝行が出来ているように思える。

 

 また、私は弟と4歳、妹とは9歳離れている。

 

 ということは、それだけの年数、他の弟妹よりも母に苦労を掛けたとも言える。

 

 弟、妹は遠方で暮らしているため、コロナ禍もあって、中々母に会いに来ることは出来ない。

 

 だからこそ、長男として、他の弟妹よりも親孝行する恩があるし、この様な環境になったのも、母親へ尽くす時間を誰かが与えてくれたものであると思う。

 

 長男も、言葉数が減ったとはいえ、あれだけ病弱だったのに、高校ではラグビー部の主将を勤め、今でも身体を鍛えたり、サークル活動で運動するなど、病気とは無縁の存在となった。

 

 子供が健康であることは何より!

 

 思えば、自分が大学生の頃など、父親とは照れくさくて、そんなに話していなかったではないか。

 

 何だ、自分と一緒じゃん!

 

 そのうち、社会人となって、金銭的事情から、実家に行って、父親と酒を酌み交わす機会が増えると、自然と会話も増えてくる。

 

 娘にしても、「うるさい」「あっちいって」と言われることもあるが、それは自我の目覚めでもあり、またいつか父親のもとへと帰って来ると、ネット上では良く目にする。

 

 そうして考えると、10年… 「歳をとる」のもわるくない。

 

 いやいや、この「歳をとる」という表現が良くない。

 

 やはり「歳を重ねる」でしょう。

 

 それは幾つになっても、自分自身も、周辺の人達も成長出来る証ですから。

 

 以前のブログで似たようなことを書いたが…

 

最近では「若さ」とは、年齢ではなく、自分が「若い」と思っていられるかだと思うようになった。

 

 気持ちは永遠に30代!! 

 

 それで良いと思う。

 

 たとえ体力が付いて来なくても、気力だけが付いてくれば細かいことは目をつぶっちゃおう!

 

 

 

 さあ、10年後が楽しみだ!

 

 いや、「10年後」との表現もおかしい。

 

 明日、明後日、1年後、2年後…

 

 これから来る「未来」を楽しみして、そんな気持ちで生きていきたい!

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございます。