ここ数年、「年賀状仕舞い」をする旨が書かれた年賀状が届くようになった。
様々な理由があるとは思うが、残念なのは学生時代の友人からの「年賀状仕舞い」だ。
私が大学生の頃は、今のようにSNSはおろか、やっとポケベルが普及し始めたころで、携帯電話を持つことなど、まだ遠い先の話であった。
その後、何度か飲み会や同窓会で再会した仲間は、ラインを交換しあったし、携帯電話の連絡先を知っているものの、それ以外の友人については、卒業以来会っていない。
それでも、いつかは逢えるだろうとの想いもあって、年賀状を出し続けて来たのだった。
これだけ広い世界の中で、街角で偶然再会することなど、まず無いことだろう…
年賀状については賛否両論あると思われるが、インターネットも携帯電話もない”アナログ時代”の古き良き友人達との、唯一の繋がる手段であったのは確かだ。
”年賀状仕舞い”によって、あの頃を共有出来る古き友人達とともに、アナログの不便さだけらこそあった良き想い出も失われて行くようで、寂しさを感じたこの正月であった。
(おしまい)
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