春雨☆サラダ

50歳 2児の父‼️ 好きなものはハードロック、JAZZ、ゴルフ、カメラ、ラグビー、バーボン、芋焼酎、中村あゆみ、高崎晃、ランディローズ、前田日明、田村潔司… 愛読書は北方謙三… 一番大切なものは、晩酌と子供たちとの時間!

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初詣の混雑、神様への配慮心はどこに?

 

 初詣に行って来た。

 

 コロナ禍明けなのか、例年にない混雑振りで、参拝までに1時間半並ぶこととなり、様々な光景に出会った。

 

 長い列に並んでいる最中は、警察の方々が、臨時で設置した櫓の上から、ハンドマイクを使って参拝時の注意事項を説明していた。

 

 その一つに「ベビーカーのお客様は、周りの方の危険にもなりますので、お子様をお抱きになり、ベビーカーを畳むようお願いいたします。」というものがあった。

 

 ところが、私の周りにあるベビーカーは一台たりとも畳まれる気配はない。

 普通、夫婦のどちらかが気まずく思い、行動に移すか、何らかの声を発するであろうに…

 確かに長時間並んでいて疲れているのは分かるが、周りへの危険も配慮して貰いたい。

 私はベビーカーの車輪に足をぶつけられるのが怖くて、とにかくベビーカーの居ない方へ居ない方へと移動した。

 

 その他にも、参列に並ばず参拝出口から入って、順路を逆走することで、短時間で参拝を済ます人達もしばしば…

 

 参拝の列の中でも、少しでも前に行こうと、私の背中をぐいぐい押して来る人…

 

 初詣に来て、神様の面前で、どうしたらその様な振る舞いが出来るのだろうか…

 

 私が寂しいと思う以上に、その様な人の行いを見て、神様は嘆いていらっしゃるのではなかろうか…

 

 その様な人達の願いを、はたして神様は叶えるのだろうか…

 

 その様な気持ちになった、初詣でした。

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

年賀状仕舞い

 ここ数年、「年賀状仕舞い」をする旨が書かれた年賀状が届くようになった。

 

 様々な理由があるとは思うが、残念なのは学生時代の友人からの「年賀状仕舞い」だ。

 

 私が大学生の頃は、今のようにSNSはおろか、やっとポケベルが普及し始めたころで、携帯電話を持つことなど、まだ遠い先の話であった。

 

 その後、何度か飲み会や同窓会で再会した仲間は、ラインを交換しあったし、携帯電話の連絡先を知っているものの、それ以外の友人については、卒業以来会っていない。

 

 それでも、いつかは逢えるだろうとの想いもあって、年賀状を出し続けて来たのだった。

 

 これだけ広い世界の中で、街角で偶然再会することなど、まず無いことだろう…

 

 年賀状については賛否両論あると思われるが、インターネットも携帯電話もない”アナログ時代”の古き良き友人達との、唯一の繋がる手段であったのは確かだ。

 

 ”年賀状仕舞い”によって、あの頃を共有出来る古き友人達とともに、アナログの不便さだけらこそあった良き想い出も失われて行くようで、寂しさを感じたこの正月であった。

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

 

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アンチエイジングと父との想い出のために書いてます。

特別お題「わたしがブログを書く理由

 

  50代になり、その後の人生を考える為に、様々な書籍を読んできました。

 

 その中で共通して言えることは、50代になったら「アウトプット」の作業を行うことで、脳の前頭葉の老化を防止出来て、そしはアンチエイジングに繋がると書かれていたことです。

 

 書籍を沢山読む「インプット」は、いわゆる脳トレアンチエイジングには、あまり効果のないことのようです。

(この情報を得ただけでも、私にとっては沢山本を読んだことは有益でしたが…)

 

 50代…

 

 急に「アンチエイジング」と言う言葉に飛びつくようになりました。

 

 私がブログを書く理由…

 

 それは「アウトプット」によって、自身の健康とアンチエイジングしたいため!

 

 その他に…

 

 早くに他界した父が、小学校のころ、私の作文を沢山褒めてくれた「想い出」のため…

 

 亡くなって10年以上経ちますが、未だに昨日のことのように、その日の父の顔が想い出されます。

 

(おしまい)

 

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本日もお読みいただきありがとうございます。

私は、(横着した)朝飯で腸内環境整えます。

 私の朝飯です!!

 

 腸内環境を整えるのに、「発酵食品」と「食物繊維」が良いと聞きました。

 

 とは言え、それを毎日続けるのには、いかに「楽ちん」にするか。

 

 試行錯誤の結果、納豆とめかぶのパックを、スーパーで購入して来て、それを毎朝食べることにしました。

 

 ポイントとしては、納豆の方には細胞の炎症を抑える効果があるという「アマニ油」を小さじ一杯分入れてあります。

 めかぶには、身体が温まるというショウガを少々。

 

 あと、アマニ油に含まれるオメガ3は、熱に弱いとのことで、納豆をご飯にのっけたり、味噌汁を一緒に食べたりはしません。

 

 大好きな緑茶も、このときばかりは我慢します。

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

 

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実家の風に揺られて…

今週のお題「最近壊した・壊れたもの」

 先月の話ですが、コロナに感染しました。

 

 自宅のマンションでは、妻や子供達に感染させないよう、誰もいない実家に自分を隔離することとしました。

 

 出勤停止となった5日間と、その後、感染させてしまうと病院の先生に言われた5日間、妻がネットで調べた更に2日間の合計12日間。

 

 久しぶりの実家での長い時間…

 

 誰も住んでいない最近では、私が週末にちょこっと来て、空気の入れ替えをする程度。

 

 それなので、久しぶりに朝から晩まで人が居て、水道を出し、電気を使い、灯りがともることで、何だか実家も喜んでいるのが分りました。

 

 家は住んでいないとダメだと聞きますが、正にその通りですね。

 

 私の実家は、築50年の木造家屋です。

 

 エアコンも数台ありますが、全部の部屋を補うには至りません。

 

 酷暑であったこともあり、その点が悩みましたが…

 

 意外や意外…

 

 かなりの酷暑であっても、家中の窓を開け放ち、風を通すことで、日光が直接当たらない1階の部屋は、かなり涼しくなるのです。

 

 私は日光の動きに合わせて、居る部屋を、西から東へと移り変わります。

 

 夜になると、断然2階の方が、涼しい風が吹き抜けます!

 

 正直に言うと、そりゃあ涼しい風と言っても、湿気は含んでるし、身体がサラッとする風では無いのですが…

 

 その通り抜ける風は、とっても身体に優しく感じられるのです!

 

 私はエアコンが苦手で、エアコン効いたの部屋で寝ると、次の日の朝、何とも言えぬ疲労感、だるさに悩まされます。

 

 しかし、マンション住まいのこの20数年、機密性が高いがゆえに、とてもエアコン無しでは夏場の夜はやり過ごせないのです。

 

 

 私の身体が、久しぶりの実家の優しい風を浴び、どんどん回復して行くのにつれ、私の実家も、毎日大きな深呼吸をして、どんどん昔のように戻って行くのが感じられます。

 

 最大期には7人の家族が住み、そこに親戚や従兄弟が遊びに来て、多い日は15人くらいが寝泊まりして、騒いでいたのです。

 

 過ぎ去って行った年月を想い出し、懐かしい出来事を想い出し、多くの家族に囲まれていた頃を想い出し…

 

 そうなると、父、祖母、祖父、曾祖母の仏壇に、毎日、お線香をあげてお祈りすること、仏壇に向かって語りかけることが、とても自然な行為として毎日のルーティンとなりました。

 

 あらためて、自分自身が今ここにいることの「ありがたさ」を、実家の風が教えてくれました。

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

 

 

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インディアンサラダ

 

 私の好物は、ブログの名前通り、春雨サラダ…

 

 一方、同じくらいに好きだったもの、今は食べなくなってしまったもの…

 

 それは…

 

 インディアンサラダ…

 

 我が家では食事に出てこないし、スーパーマーケットやコンビニの惣菜売り場でも見かけない。

 

 インディアンサラダ…

 

 食べていたのは、小学校と中学校の給食の時だった。

 

 うっすらとしか覚えていないが、マカロニ、キュウリ、キャベツ、にんじんが入っていたような…

 

 そこにたっぷりのマヨネーズとなぜかカレー粉が混ぜられて…

 

 小さい頃からマヨネーズ大好きな私にとって、マヨネーズにカレーが加えられた、最高の組み合わせにに、毎回毎回、楽しみにしていたことが思い出される…

 

 周りの友人達にも人気があったような気がする…

 

 我が子から、インディアンサラダの話は聞いたことが無いので、今の給食では、もはやメニューから外されてしまっているのか…

 

 マカロニサラダはスーパーで売っているので、それにカレー粉掛ければ良いのかな~

 

 ただ、その為にだけに、少量のカレー粉を使うのは少々気が引けると言うか、面倒くさい。

 

 かといって、カレー粉をふんだんに使う、カレーライスの日の付け合わせとしては、味がかぶりすぎる…

 

 そうか、だから実家でも、出てこなかったのか!

 

 懐かしさが蘇り、さらに恋しくなる…

 

 

 ところで…

 

 なぜ「インディアンサラダ」って名前なのだろうか?

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

 

 

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夕刊が無くなった…

 

 

 


この春から変わったこと…

 

 それは、愛読していた地方新聞の夕刊が無くなってしまったこと…

 

 その代わりに、最新の情報は、アプリでの配信となったのだが…

 

 小さな頃から、学校帰りに夕刊配達している光景が、当たり前の日常であっった。

 

 昔は自転車であったが、だんだんとバイクへと変化して行き、それでも、その夕暮れ時の光景は、街の温かな想い出であった。

 

 暑い日も、雨の日も、風が強い日も…

 

 特に台風が接近している時など、あれほど皆が外出しないように警戒しているのに、新聞配達員の方々は、それを毎日届けてくれる。

 

 これって、もの凄いことなんだと思う。

 

 時代の流れとともに、これも致し方ないことなのだろうか…

 

 夕刊の代わりにアプリ配信…

 

 アプリとは、アプリケーション…

 

 その意味を突き詰めて行けば「裏方的な存在」と言うらしい。

 

 アプリは、新聞配達員という「裏方的な存在」に代わることが出来るのだろうか。

 

 しかしながら、夕刊の配達員の姿、バイクの音が聞こえない夕暮れ時は、この街に何かぽっかりと穴が空いたようだ…

 

 私の懐かしい想い出達にも、ぽっかり穴が空いたようだ…

 

(おしまい)

 

 本日もお読みいただきありがとうございます。

 

投票率 低いまま…

 

 この間、私の住む街でも、選挙が行われた。

 

 何かと話題となった選挙戦であったが、蓋を開けてみれば、その投票率は、またまた過去最低を更新していた。

 

 もう、何度、過去最低を更新しているのだろう…

 

 そのくせ、投票の行い方を全く変えていない。

 

 私が子どものこと、両親に付いて行った方法と同じで、受付を行い、投票用紙を貰い、アルミで出来た囲いの中で候補者の名前を記入し、それをアルミの箱に入れる…

 

 確かに、投票所の受付では自宅に送付されてきた投票用紙を、バーコードで読み取るなど、以前の名簿からいちいち探索する方法からは脱していた。

 

 しかしながら、投票所に足を運び、そこで手書きで人的な作業を要するという根本は全く変わっていない。

 

 これだけ、あらゆるところで電子化、DX化が広がっている中でだ。

 

 インターネットでの投票と言うと、若い人達を意識するように感じるが、実際には、これだけ女性の社会進出を政府が推し進め、共働きが多い中で、どれだけの人が投票のために時間を作ることが出来るのだろうか。

 

 また、病気にて足が悪い私の母など、そのために施設に迎えに行き、そこからクルマに乗せて投票所へ連れて行き、車椅子に乗せて投票し、また施設に送ることなど、家族にとって大変な負担である。

 

 話はそれてしまうが、母はパーキンソン病を患っている。

 

 国指定の難病のため、治療や介護については様々な恩恵を受けているが、これらの毎年の更新手続きが、これまた郵送で届き、書類を記入して、必要書類のコピーを付けて返送しなくてはならない。

 

 これを高齢で、難病を持つ人が、自分自身で出来るわけはない。

 

 一方では、バリアフリー、SDG'sによる持続可能な社会、そしてDXを大々的に進めていっているはずなのに…

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

その願い…ホントに叶う❓ 初詣…

 私は毎年、新聞やテレビでその混雑振りが伝えられるほど賑わう「某所」へ、一人でいそいそと初詣に出掛けます。

 

 自宅から新幹線を使用しなければならない程の遠方ではありますが、両親から続く我が家の習慣で、未だに欠かしたことはありません。

 

 「一人で行く」のは、多分に経済的な理由が影響しているだけでっす…

 (ちゃんと、家族のことも祈ってきて、御守りも買って来ます)

 

 出掛けるのは大抵三が日を過ぎた翌週…

 

 それでもまだまだ参拝客は多く、参道は一方通行で規制されており、境内への入場制限が行われています。

 

 その為、参拝客は長い列を成し、本堂に到達するまでには1時間半程度を要します。

 

 列の中は人が密集していて身動きが取れない為に、時間をやり過ごす手段は限られます。

 

 様々な友人にラインでもしてみるが30分もすれば飽きてしまう…

 

 正月休みで出掛けているのか、この数日間は既読も付きにくい…

 

 今、ヒマなのは私だけなのだ!

 

 仕方なく頭を持ち上げ周りを見渡すと、色々な人の行動を目にすることになる。

 

 まず最初に目に留まったのは、列に並ばずに境内入口までの道のりを迂回する人達…

 

 参道と平行する路地を縫って進み、境内入口付近で順番通り並んでいる人の列に割り込み、更なる混雑を引き起こしている。

 

 参拝が終わった人達の帰路の列を逆走し、出口から境内に入る人達もいる…

 

 少しでも前進しようと、前に並ぶ人を押したり、前方に僅かなスペースを見付ければ、強引に体を入れてくる人達…

 

 これは周りの人達が不快感を感ずるだけではなく、年配の方々や小さな子供達もいる中で、大きな事故にも繋がりかねない非常に危険な行為である。

 

 果たしてその様に周りの迷惑を顧みず、自身の欲求を優先する姿勢で参拝したところで、拝まれた神様達は、何を思われるのだろうか…

 

 いくら多額のお賽銭を投じようとも、いくら足繁く参拝に訪れようとも、最低限のマナーやルールを守れない人達の望みを叶えてくれるとは、私は思えない。

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

少子化対策…

 

 

 本日の朝刊に、私の住む街では、少子化対策として第二子の保育料を無償化するとの記事が出ていた。

 

 そういえば、テレビでは、子育て世代に物価上昇の対策として、毎月いくらかを支給するとのニュースが流れていた。

 

 とにかく、何かというと「子育て」や「出産」に関する費用負担を無くそうとしていることが多いように思われるのだが…

 

 私にとっては、やはり高校生や大学生を抱える親の方が、よっぽど家計は厳しい…

 

 実際にそれにより、子ども達が多額の奨学金を背負い、それが払えない者もいて、現在社会的な問題となっているのに、なぜ、その様な問題にもっと目を向けないのか…

 

 保育園を無償化したり、出産費用の負担を増やしたとしても、出生率がそんなに増加するとは思えない。

 

 なぜならば、本質的な原因は「結婚しない人の増加」「子どもをつくらない夫婦の増加」にあるからなのだ。

 

 私も50代を超えてきた。

 

 私の兄弟や妻の兄弟も、みな独身である。

 

 それぞれ理由はあるものの、その生き方に満足しており、その人生を謳歌している。

 

 「独身貴族」という言葉があるが、それは大変失礼に当たると思う。

 

 「貴族」ということで、何か独身の人達を揶揄しているように思われる。

 

 私の兄弟含め、独身でいる友人達も、とても輝いて見えて、ステキな人生を歩んでいる。

 

 また、私の友人にも、子どもがいない夫婦も多い。

 

 いつまでも「恋人気分」を持ったまま、旅行に行ったり、趣味に講じたり、これまた人生を謳歌している友人夫婦を見ると、凄くステキに思われ、憧れもする…

 

 

 これだけ多様化する「生き方」について、貴重な税金を使って、方向転換をするように誘導することは何か違和感を覚える。

 

 またそれは、「多様性ある生き方」を目指している世の中の流れと、矛盾を感じずにはいられない。

 

 だからこそ、少子化という問題については、他のアプローチをして解決すべきだと思う。

 

 

 例えば…

 

 労働人口や若い世代が居ないのならば、やはり海外からの居住を受け入れることを、もっと積極的に行っていくべきではないか。

 

 この国に住むだけではなく、「この国を愛する人達」の人口を増やして行くことが大切ではないか。

 

 今年、ラグビーワールドカップが開催される。

 

 4年前、自身が生まれた国を離れ、この日本という国を愛し、そして代表となってくれた選手達に涙したものだ。

 

 その様な、「日本を愛する人達」を増やしていけば、今行われている小手先の「少子化対策」は不要となり、更には「多様化する生き方」が尊重される世の中になるのではなかろうか…

 

 

(おしまい)

 

 本日もお読みいただきありがとうございます。

賛否両論、問題作だと思いますが… 認知症について書いてみます

 賛否両論の問題作だと思いますが、認知症について思っていることを書いて見ます。

 

死ぬことが怖い…

 私は昔から、自分の“死”というものが非常に怖かったです。

 

 今も、あれこれと考えている時、ふと「自分の気持ちや心」が、死んだ後にどうなってしまうのか想像するだけで、不安で仕方なくなります。

 

 これは多分、私に限ったことではなく万人に共通していて、また、過去から現在、そして未来永劫変わらないことであり、その恐怖から逃げるために、時の権力者は様々な方法で不老不死を求めていたという史実が多いのだと思います。

 

 一方で「死後の世界」などについて書かれた書籍が、今も店頭に並ぶのも、「死の後」について、何かがあると信じたい人達が多いからではないでしょうか。

 

 私は認知症ということについて、非常に身勝手な一つの考えを持っています。

 

 それは…

 

 認知症は、そうした死の恐怖から、少しでも逃れられる術ではないのか…」という…

 

 認知症になることは誰しも望むべきものでなく、またそれは家族を中心に、周りの人々に大きな負担を強いることになることは十分に承知しています。

 

 また、私自身、この18年間、祖母の介護、父の看護を経験し、今は「母の介護」の真っ只中にあります。

 

祖母の認知症

 始まりは18年ほど前でした。

 

 同居していた祖母が、認知症との診断を受けました。

 

 実子である母が介護の中心となりましたが、私を含む家族全員に、初めて「介護」という負担が圧し掛かってきました。

 

 医師の指導のもと、ケアマネさんの力も借りながら、介護することを学び、認知症への理解を深めまて行きました。

 

 しかしながら、身体的、精神的負担は重く、些細なことからも家族間で喧嘩となったこともしばしば…

 

 その間に、大切な父が大病を発症したこともあって、母の負担は相当なものとなり、自らの体調を崩してしまいました。

 

 何よりも…

 

 あれはまだ初期のころでしたが…

 

 介護される祖母自身が、折に触れて「自分が情けない」「みんなに申し訳ない」という言葉を繰り返し、泣き崩れる姿を見ると、掛ける言葉など見つかりませんでした…

 

 その様な祖母を見て思ったのです…

 

 一つの考え方として…

 

 ゆっくりと進む認知症であるのならば、先に述べた老いによって、自身の存在が消えてしまうという、“死”に対する万人の恐怖を、少しは緩和してくれるのものではないのか…

 

 そんな考えでも持っていなければ、日々症状が進行する祖母の姿は、余りに悲しくて直視することは出来ません。

 

 また、自身の体調を崩しながらも、毎日毎日、朝から晩、そして夜中から翌日の早朝まで、まさに24時間介護にあたる母の姿を見ることも出来ませn。

 

 その後、祖母は旅立ちました。

 

 その半年後には、長年、難病と闘って来た父も旅立ち、私の母一人が残されました。

 

母の介護

 母は、祖母と父の介護から解放されたので、明るさを取り戻すと思っていました。

 

 しかしながら、その後、何かと精神的な負荷が掛かると、身体が硬直して動かなくなることが増え、おかしいと思い病院を受診すると「パーキンソン病」との診断が下されました。

 

 今度は、長男である私自身に、介護の負担がのしかかって来ました。

 

 仕事をしながらの介護は、非常に困難を極めました。

 

 始めはデイサービスに通っていたのですが、出勤前に実家により、朝ご飯を食べさせて、デイサービスの支度をします。

 

 会社帰りには、毎日配送されるお弁当を、温めて母に食べさせます。

 

 時には、日中に「腰が痛い」「お腹が痛い」などと訴えていると、施設から電話が入り、大事な商談を投げ出して、病院に連れて行くこともありました。

 

 夜中や、早朝に「具合が悪いからすぐに来て」と呼ばれることもしばしば…

 

 その様な状態だったので、私もイライラしてしまい、つい母に辛く当たってしまうことも段々と増えて来てしまいました。

 

小規模多機能へ入所

 

 母自身も、段々と動かなくなる自分の身体が、とても不安なのでしょう。

 

 また、独り暮らしなのも良くないのかも知れません。

 

 私が「今日も仕事に差し支えた」「自分の時間、自分の家族との時間が持てない」等々、イライラした口調をぶつけてしまうと、母は「本当にごめんなさい。でも、どうしたら良いか分らない…」と泣き崩れます。

 

 内心「しまった、言い過ぎた」と思いつつも、引っ込みが付かなくなり、そのままに…

 

 私が帰宅後、母は叔母や私の妹に、今日あった出来事を、長々と電話で話すようになりました。

 

 この様な状況を見て、叔母や妹から、もう独居は無理だから、施設に入れることを考えようと提案があり、小規模多機能施設へ入所することになりました。

 

 その時点では気付かなかったのですが、この時すでに母は、精神障害を発症していたのでした。

 

 今思うと、パーキンソン病により、徐々に身体が動かなくなる恐怖と、私がイライラして、辛く当たってしまったのが原因であったのではと思います。

 

 母は、精神病院に緊急入院となり、3ヶ月の治療後、無事に退院の運びとなりました。

 

現在の母を思う…

 精神病院退院後は、様々な施設への入所を繰り返しています。

 

 正直なところ、どこの施設に入っても不満がたまり、次の施設へと移動…

 

 週末は自宅に帰って来なくてはならないのですが、一人にしておくことも出来ず、私が週末に実家に泊まりに行くことになります。

 

 弟、妹も非常に協力的で、助けてくれるのですが、二人とも県外に住んでいるため、そうそう毎週は頼めません。

 

 私も母との時間を過ごしたく、施設では行えないリハビリなどを自宅に帰って来た際には行いたいので、最初はちょうど良いバランスに思えていました。

 

 しかしながら、最近思うのは、毎週末、私が居ないことで、自分の妻、息子、娘と一緒にご飯を食べることが急減してしまったことです。

 

 平日は、それぞれの生活時間が異なるため、朝食、夕食時に全員が顔を合わせることがありません。

 

 土曜日、日曜日だけが、家族揃って食卓を囲む時間だったのです。

 

 母との時間も貴重ですが、子ども達と一緒に過ごせる時間も、ともに「今」しかないのです。

 

介護とは…

 結局のところ、介護とは自分の何かを犠牲にしなくてはならないのでしょうか…

 

 金銭面はまだしも、「自分の時間=自分の人生」「自分の子供達との時間」といった、大切なモノをどうしても削らなくてはなりません

 

 母は、週末に自宅に帰って来て、最初は調子が良いのですが、段々とマイナス思考の発言が多くなって来ます…

 

  母の一番の不満は施設の対応が主で、「施設が歩行訓練を行ってくれないせいで、自分の足が動かなくなって来た…」「2週間前までは歩けていたのに…」といったものです。

 

 パーキンソン病にて、身体が段々と思い通りに動かなくなる恐怖心は、相当なものでしょう。

 

 それがまたストレスとなって、身体を動かなくさせる…

 

 母の場合、それほど認知は入っていないので、パーキンソン病による身体の不自由が、常に「死ぬのではないか」との不安に繋がっています…

 

 その様な状態なので、日曜日の夕方、施設に送るころには、母からのマイナス思考の発言の連続で、どうしても口論となってしまう…

 

 施設にお迎えに行くまでは、「今回は絶対に1回も、母と口論しない、気持ち良く過ごす」と心に誓っているのですが…

 

 今日もまた、母との時間が始まります。

 

 同時に、自分の妻、子供たちとの時間は削られます。

 

 それだからこそ…

 

 今週こそは、どんな母の言葉も受け入れて、笑顔で接しようと誓います…

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

 

「わたしの2022年・2023年にやりたいこと」

特別お題「わたしの2022年・2023年にやりたいこと

 

 あけましておめでとうございます。

 

 2022年、初めての50代でしたが、あっと言う間に過ぎてしまい、何も為しえなかったように思われます…

 

 そこで、年末に向けて、下記の2つの本を読みました。

 


 

 


 

 

 元々、島耕作を読んで憧れた世代でしたので、非常に共感が持てて、沢山の気付きを得ることが出来ました。

 

 現在、70代の弘兼氏が、50代である私達に送る文章とのことで、人生の先輩として、目からうろこの内容の数々!

 

 その中で、私が2023年から実行しようと思ったことは…

 

 「50代は60歳への助走期間」とのこと。

 

 60歳で定年退職となるかどうかは不明ですが、50歳からは自分にわがままに生きて行き、60歳へ向けた準備をして行く。

 

 平日は仕事が忙しくて、その様な時間が持てないとしても、土曜日、日曜日、祝日だけでも、年間に100日あるとのこと。

 

 これを60歳までの10年で考えると1000日以上はある。

 

 そうして考えると、例えばDIYにしろ、料理にしろ、様々な趣味は達人の域になれるほどの”修行時間”を確保出来る。

 

 今から全くの新しいことを始めるにしても、それを極められる”修行時間”は十分にある。

 

 私には大変響き、すぐに実行しようと考えました。

 

 先ずは60歳の「自分の姿」を考えます、想像してみます!

 

 思いっ切り自分勝手で、そしてなるべく未知の世界で、今までに経験したことの無いようなものを!

 

 ワクワクして来ました!!

 

(おしまい)

本日もお読みいただきありがとうございます。

報道に「職業」「ベンツ」は必要?

 

 新聞やテレビで、事件・事故が報道される度に気になることがあります。

 

 それは、必ずといって良いほど、登場する個人名の後に「年齢」「性別」「職業」が記載されていることです。

 

 ちなみに、本日の朝刊を見ても「会社員」「会社役員」「自営業」「公務員」「無職」等々、ほとんどの記事に記載されています。

 

 時には「飲食店勤務」「教員」「工員」「銀行員」「解体工」「雑貨商」「農業」と、かなり具体的な表現となっていることもあります。

 

 誰かに危害を加えてしまった加害者ならば、社会的制裁の一つとして、それらを明かすある程度の報道は仕方ないと思われます。

 

 また、素晴らしき行い、善行を賞賛する記事も、その人物を紹介する上で必要となる場合も時にはあるでしょう。

 

 一方で、事件や事故の被害者の方や、記事と職業との関連性が見出せない方まで、その様な報道をされる理由や必要性が良く分かりません。

 

 例えば、事故や詐欺などに遭われた方々の職業まで、報道する必要はあるのでしょうか…

 

 私ならば、痛ましいその出来事を、出来るだけそっとしておいてあげたいと思います…

 

 必要性が良く分かりませんが、どうしても伝えたいのであれば、正社員ならば「会社員」、個人で申告しているならば「個人事業主」、アルバイトならば「臨時職員」とすれば十分ではないでしょうか。

 

 それ以上の具体的な「職種」まで報道する基準が良く分かりません。

 

 また、マスコミはジェンダーレスを叫ぶ一方で、このような報道には「男性」「女性」と、必ず表記しています。

 

 全ての報道に、その必要性の有無に関係なく標記されているようで、理由がよく分りません。

 

 私が恐れるのは、それが視聴者や読者に不要な想像を促し、曳いては職種、性別当に対する先入観や差別観を醸成してしまうのではないかということです。

 

 私の正直な印象としては、ワイドショー的な、興味本位での感が強いように思えるのですが…

 

 また、テレビ報道で、自動車事故の場合、「大型のワゴン車と軽自動車の事故」とか報道されるのが一般的ですが…

 

 片方がベンツだと「○○車とベンツの事故」と報道されます。

 

 レクサス、アウディ、ワーゲン等々の場合、この様な表現は使われません…

 

 使われたとしたも「国産の高級車」でしょうか…

 

 ベンツだけ、なぜ自動車会社名を報道されるのでしょう…

 

 素朴な疑問です。

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

ルビンの壺が割れた

 

今週のお題「最近おもしろかった本」

 


 

 

 50代となった私は、ほとんど読書をしなくなった。

 

 ブログばかり読んでいる。

 

 40代は、仕事や人生に関するハウツー本ばかり読んでいた。

 

 20代~30代は、小説やマンガばかり読んでいた。

 

 最近、まあ読むとしたら、ゴルフ関連の雑誌だが、そこに書かれている練習方法も、YouTubeの方が分りやすいので、もっぱら読む機会も減った。

 

 そんな私が、妻に勧められて最近読んだ本が、「ルビンの壺が割れた」

 

 これについて、詳しいことは書きたくない。

 

 些細な感想や、ちょっとしたあらすじや感想も、ここで述べてしまうと、私が読書後に受けたあの”衝撃”がかすんでしまいそうで…

 

 これだけは言わせてください。

 

 私が50年の人生において、もっとも衝撃を受けた本です。

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

脱炭素?

 わたしの身の回りにも、EV自動車を見かけるようになった。

 

 脱炭素という名のもとに…

 

 しかしながら、その電力の元となる発電を見てみると…

 

ソース画像を表示

 

 

 

 LNGガスは、石炭や石油に比べて燃焼時のCO₂二酸化炭素)や酸性雨や大気汚染の原因とされるNOx(窒素酸化物)の発生量が少ないらしい…

 

 がゼロではない…

 

  しかも、ガソリン価格が上昇しているが、電気料金も上昇している…

 

 これを見て、EV自動車に変更することによって、「はい、脱炭素」と言って良いのだろうか…

 

 なぜかスッキリしない…

 

 

(おしまい)

 

本日もお読みいただきありがとうございました。